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vol.129 長く続くCMと、毛量の、静かな関係。


第一製薬/カロヤン「水」篇
1991年オンエア開始
ボートで波に揺られる役所広司に「髪は、夜つくられる。」というコピーや自身の語りがかかり、続けて彼が「午後9時30分、アポジカが呼ぶ」と言いながら洗髪後の頭皮に商品をすり込む様子を映した

【主な制作スタッフ】
制作:電通/二番工房
企画:小西啓介/五百川真/伊藤達也/鈴木武人
プロデューサー:三浦知之
演出:五百川真 撮影:十文字美信
照明:金英鎮 音楽:ミスターミュージック
出演者:役所広司
 役所広司さんと仕事をすると、自分が脚本や企画がうまくなったような錯覚を覚える。ひとつひとつのセリフの背景にあるものが見えて、同じ言葉なのにその質量が変わる。8ミリの自主映画とIMAXくらい変わる。僕が共同脚本を書いた映画『PERFECT DAYS』もそうだった。この映画はセリフが極端に少ない。あえて書かなかったものもあるが、筆の力が足りず書けなかったものもたくさんある。役所さんの演技はそれをすべて完璧に埋めていた。脚本に何が足りなかったか、映画を見ても誰もわからないくらい見事に。僕は撮影現場でそれに気づくたびに小さく鳥肌を立てていた。何を自分が書けていなかったか思い知り、そのたびに小さく絶望した。映画が完成した今でも役所さんの芝居を脚本に書く自信はない。
 前人未到のキャリアに勝手に萎縮していたが、実際にお会いするとそんなことはまったくない。あそこまでのひとで、あれほど気さくでフラットなひとを私は知らない。想像だけれど、勝手にこちらが感じてしまう“威圧感”のようなものをご本人が調整しているのではないだろうか。たとえば撮影中に相手役やスタッフが萎縮していたら、間違いなくスクリーンに映ってしまう。だから、普段からコントロールしているんじゃないだろうか。それも本当に自然に。
 日本アカデミー賞の授賞式で、スピーチのあと役所さんがマイクのコードに足をひっかけてよろけた。その場にいた全員があっ!と息をのんだ。幸い転倒することはなく、笑顔で席に戻られた。「大丈夫でした?」と聞いたら「マイクが倒れなくてよかったよ」とおっしゃった。そう、あのとき派手によろけたと思っていたが、実はマイクが倒れないよう、とっさに足を伸ばして支えていたのだ。驚いた。そんなことを瞬間的にできる人がいるのか。もしかしたら役所さんは僕らより10秒くらい先の世界を生きているんじゃないだろうか。気の届く範囲が常人の域を超えている。
 そんな役所さんは若い頃からたくさんのCMに出ていて、ほとんどが長寿CMだ。クライアントにもスタッフにも視聴者にも素敵な人柄が伝わっているんだろう。それはもちろん誰も代わりなどできるはずがない。そんななかでもカロヤンアポジカのCMをよく覚えている。あのCMで「髪は、夜つくられる。」ことが世の中の常識になった。そんな役所さんはとても毛量が多い。ロングヘアがとてもダンディだ。もしかしたら、カロヤンアポジカのシリーズが長く続いたことと関係があるのではないだろうか。
「高崎卓馬のCM温故知新」 CM INDEX 2024年5月号掲載