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Creator Interview 平田大輔氏(OND°)


役者の個性が輝く余白を大切に

キリンビール『晴れ風』、P&G『ボールド』、シャープ『スマートフォンAQUOS』のCMや、“連続10秒ドラマ”として注目を集めたジェームスのウェブ動画『愛の停止線』、ドラマ『きのう何食べた? season2』など数々の話題作の演出を手掛ける平田大輔氏。直近のクリエイティブワークにおける演出の狙いや、人の心を捉える広告作りについてお話をうかがった。
(取材:2024年9月19日 写真:長谷川大)
【 CM INDEX 2024年10月号に掲載された記事をご紹介します。】

OND°
ディレクター
平田大輔氏

2012年Spoon.incにて制作業務を経験。2014年東北新社に入社。主な仕事にキリンビール『晴れ風』、住友生命「それはおなじ。」、キリンビバレッジ『生茶』、三井住友銀行「カラフルな人びと。」、 P&G『ボールド』「洗濯大名」、三井住友銀行「オリバー」、リクルートエージェント、ジェームス「愛の停止線」、大塚製薬『エクエル』、「関西電気保安グルーヴ」など。ACCグランプリなど国内外で受賞多数。
— CMディレクターを目指したきっかけとは
 映像が身近にある環境で育ったことが影響していると思います。テレビ番組などの制作をしている8歳上の兄が学生の頃、映画のスタッフを連れて⻑崎の実家に時々帰ってきていたんですね。僕も大学では映画研究部に入り浸って映画ばかり作っていました。建築を専攻していたのですが成績が振るわず、いわば消去法のような形で映像業界を目指すこととなりました(笑)。
 新卒で入社したSpoon.incでは制作担当でしたが、関谷宗介さんや辻川幸⼀郎さん、井口弘一さんといった名監督の制作現場に立ち会う機会に恵まれました。この経験は今でも自分にとって大きな財産となっています。その後ディレクターを目指して東北新社へ移り、中島信也さんに半年ほど弟子入りしました。信也さんは現場のムード作りをものすごく大切にされるんです。多くの場合、CMの撮影現場にはピリッとした緊張感があるのですが、信也さんの現場は本当に明るくて。そのリラックスしたムードがCMの仕上がりにつながっているんだろうなと思います。CM撮影は映画やドラマと違って1⽇で終わることが多く、CMで役に⼊り込むことに苦⼿意識をお持ちの役者さんも少なくありません。だからこそテイクを重ねがちになる現場で信也さんは1、2テイクでOKを出すんです。「この監督、テイク重ねないんだ」と分かれば、役者さんの集中⼒や意識も変わりますよね。演じやすい環境を作るからキャストの方々との信頼関係が生まれ、現場の雰囲気も映像のクオリティーもより良いものとなる。僕はまだその域に達していませんが、信也さんからは「いろんなスタイルの監督がいていいんだ」と勉強させていただきました。
 ターニングポイントとなったのは⿇⽣哲朗さんにお声掛けいただいたウェブ動画でした。⼤⼈気CMシリーズから派⽣したコンテンツで、プロデューサーの強い後押しもあり、まだ若⼿の僕に機会をいただきました。当時は芝居や画の持つ熱量の重要性がぼんやりとしていて、そんな調⼦で演出をやっていると⿇⽣さんから「ぬるい」と指摘されたんです。どこがぬるいのか分からず何度も試⾏錯誤して、それでもOKを全然もらえなくて。でも最後にOKをもらえた画を⾒て、こんなに伸び代のあるカットだったんだと痛感したのを覚えています。現場における監督判断の重要性を感じたと同時に、撮影に対する意識もガラッと変わった瞬間でした。

演じやすい環境作りが映像の質を高める

— キリンビール『晴れ風』のCMが好評です
 『晴れ⾵』のCMについては「⼈って本当においしいと感じたとき、意外と黙るんじゃないかな」というCDの福部明浩さんのひと⾔をきっかけに、演出の⽅向性が定まりました。飲んだ後の沈黙や余韻といった普通のCMではカットされがちな部分も含め、用意されたものではなく内村光良さん、天海祐希さん、今田美桜さん、目黒蓮さんの4人が本当に感じた思いや言葉だけでCMを作ろうというルールを決めました。
 お酒のCMではノンアルコール飲料を使うことも多いのですが、今回のCMでは出演する皆さんに本物の晴れ⾵を飲んでいただきました。少し⼝にしただけでも「あ、本物飲んだな…」となんか分かるんですよね(笑)。良い意味で気持ちがほどけていく様⼦が映像に表れていると思います。撮影は台本やコンテがない状態で4人に個別インタビューを行い、ビールについて自由に語っていただきました。もちろんすぐに本音が出るわけではないので、ご本人ならではの体験や感情に触れる言葉が出てくるまで時間をかけてカメラを回し、自然な言葉や表情をすくい上げるようにしています。またご覧いただいて分かるように、今回のCMでは4人が勢ぞろいするシーンはありません。皆さんがお忙しかったことが⼀番の理由ですが、結果的に誰かと会話するよりも時間をかけてビールのある⾵景や記憶を振り返ってもらえたと思っています。撮れ⾼の読めない撮影なので、編集で最終的なナレーションを決めた後、共演者にMAで質問やツッコミを⼊れてもらう構造にしています。特殊な作り方のCMですが、4人それぞれのお人柄や嘘のないリアルな言葉を引き出せたことが多くの視聴者から好評をいただけた理由ではないでしょうか。
キリンビール/晴れ風
「名前はナイショ_今田さん」篇/2024年3月18日オンエア開始
内村光良、天海祐希、今田美桜、目黒蓮が出演するCMシリーズが好評で、2024年4月度にCM好感度総合1位に輝いた。4月2日の発売に先駆け、商品名を伏せて展開したティザーCMなども話題を集めた。
— P&G『ボールド』「洗濯大名」シリーズについて
 「洗濯⼤名」というタイトル⾃体にすでに前振りが効いていますよね。「今から⾯⽩いこと⾔いますよ」と宣⾔しているような(笑)。でも⼤体そういう前振りが効きすぎているものって笑えない。なのでCDの⾼崎卓⾺さんも僕も常に、過剰になりすぎることへの気恥ずかしさに⾃覚的でいたいと考えています。スーツ姿で漫才をする芸人さんのような謙虚な折り目正しさとユーモアのバランスが本作のポイントかもしれません。またCMで伝えるべき商品の機能や特長は多々あるのですが、ある種の作りの甘さを残すといいますか、テクニカルな構造に見えない工夫をすることで、気楽にご覧いただくことも心掛けています。本シリーズの立ち上げ時には高崎さんの発案でCMのBehind The Sceneを描くウェブ動画も公開しました。菊池風磨さんが洗濯大名役を引き受けるまでの葛藤や、催眠術にかかって楽しげにCM撮影に臨む様子を映したものです。洗濯大名という役柄の補足情報を発信することで菊池さんとキャラクターの関係性が強固なものとなり、洗濯大名と『ボールド』というブランドが世の中に浸透するきっかけを作れたように思います。
P&G/ボールド
「洗濯大名 イイトコ鳥」篇/2024年2月1日オンエア開始
「いいとこ鳥」をコピーに “洗濯大名”役の菊池風磨と家臣(木場勝己)がピンク色の鳥のかぶり物を着けて登場するCMなどが好評価を獲得。2024年3月度のCM好感度で同商品初のトップ3入りを果たした。
— AIなどを使用して松田優作さんを再現したシャープ『スマートフォンAQUOS』のCMについて
 AIや高精細3DCG、モーションキャプチャーなどを活用して松田優作さんを再現したCMで、本作も高崎さんとご一緒しています。また優作さんの奥様の松田美由紀さんにご協力をお願いし、優作さんの実際の体格や声、考え方に至るまで資料だけでは知り得ないたくさんのことを教えていただきました。制作に当たっては映像としての完成度やご本人にどれだけ近づけるかという命題以上に「このかっこいい人は誰だ?」とご存命中の活躍を知らない世代も巻き込み話題化できるよう、優作さんならではの魅力を描くことに最も力を注ぎました。
 『AQUOS』のスマホは職人気質といいますかクラフト感のあるデザインや機能が特徴で、優作さんの生き方や信念に重なる部分が大きいんですね。CMでは「近道ばっかり探して面白い? お前だよ」などのセリフを通して、自分の意志で商品を選び取るかっこよさや周囲に流されないことの価値を視聴者に投げかけています。現代風のカフェに佇む優作さんの迫⼒をぜひ楽しんでほしいです。
シャープ/スマートフォンAQUOS
「本当のこと」篇/2024年7月11日オンエア開始
AIや高精細3DCG、モーションキャプチャーなどを活用して松田優作を再現。現代風のカフェでスマホを手にコーヒーを飲む松田をモノクロで描き、「本当のことが言えるやつ、減ってない?お前だよ」という語りで展開した。

嘘のないリアルな心の動きを描く

— 広告作りで大切にしていることとは
 特に影響を受けたのは1990~2000年代のCMで、なかでもTUGBOATや市川準さんの手掛けたCMが心に残っています。TUGBOATのCMで未知のかっこよさに触れて、市川さんの⽬線から⽇常に潜む⼈間のおかしみを知ったという感じでした。同世代の監督・泉田岳とよく話すのですが、昭和や平成初期のCMが持っていた強烈なパワーを僕らの世代はまだ作り出せていないと思いますので、もっと経験を重ねて精進しなければと常々感じています。
 僕自身はディレクターとしての作風やこだわりはないのですが、意識しているのは普段は見過ごしてしまいそうな日常や感情にフォーカスすることや、できるだけ嘘のないリアルな心の動きを描くこと。その結果CMをご覧になった方がブランドのメッセージに共感してくださったり、明るい気持ちになったりしたらうれしいですね。現在担当しているキリンビバレッジ『生茶』のCMはセリフやストーリーがなく、鈴木亮平さんと出口夏希さんが心地よさそうに生茶を楽しむ様子だけを映しています。劇中はほぼ⾳楽のみなんですが、なんだか⽬が離せない。僕は会話劇が元々好きなのですが、こうしたシンプルなCMだから垣間⾒える役者さんの魅⼒こそ、⾒逃してはいけない部分なのだなと気付かされました。キャストを枠にはめ込みすぎず、役者さんのポテンシャルを引き出す余⽩のあるコンテを書きたいと思います。
 昨年は西島秀俊さん、内野聖陽さん主演のドラマ『きのう何食べた?season2』や、松田翔太さんが企画・主演を務めた深夜番組『THE TRUTH』にも携わらせていただきました。いずれも役者さんと深くセッションしながら一つひとつのシーンを作り上げていくプロセスが面白く、貴重な経験となりました。これからもCMをはじめ幅広い領域で挑戦と学びを重ね、ひとりでも多くの方の心に残る映像を作っていきたいと考えています。
その月のCM業界の動きをデータとともに紹介する専門誌です。