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Creator Interview 磯島拓矢氏(株式会社 電通)


言葉を軸にブランドの本質を伝える

旭化成「昨日まで世界になかったものを。」、ヘーベルハウス「考えよう。答はある。」、JR九州「祝!九州」など企業やブランドの価値を捉えたコピーを軸に、優れた広告を数多く手掛ける磯島拓矢氏。大塚製薬『ポカリスエット』、キリンビール『一番搾り』といった直近のクリエイティブワークの制作意図や、広告作りに対する考え方についてうかがった。
(取材:2024年8月21日 写真:長谷川大)
【 CM INDEX 2024年9月号に掲載された記事をご紹介します。】

株式会社 電通 zero 
エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター/コピーライター
磯島拓矢氏

1990年電通入社。これまでの主な仕事に、旭化成企業広告「昨日まで世界になかったものを。」、HONDAオデッセイ「いいクルマが好きだ。男ですから。」、JR九州・九州新幹線全線開業「祝!九州」、旭化成ホームズ・へーベルハウス「考えよう。答はある。」、大塚製薬・ポカリスエット「自分は、きっと想像以上だ。」、KIRIN一番搾り「やっぱりビールはおいしい、うれしい。」など。

時代に合ったCMの伝え方、楽しみ方を提案

— 大塚製薬『ポカリスエット』のCMを2015年から手掛けられています
 当時『ポカリスエット』は中高生に「風邪のときに母親が買ってくるもの」というイメージを抱かれており、その課題を解決すべく若年層向けの新たなコミュニケーションを担当することになりました。ポカリスエットは1980年発売のロングセラー商品ですので、体内で失われた水分や電解質を速やかに補給するという基本的な価値は広く知られています。これとは別に、中高生に向けたプロミスが必要と考え「潜在能力をひき出せ。」というコピーを書きました。ポカリスエットは飲むだけで何かが変わる飲料ではないけれど、体のバランスを整えることはできる。そして自分の力をフルに発揮するには、バランスを整えることが必要です。いささか強引ですが、ポカリスエット=潜在能力をひき出す飲み物と設定しました。
 初年度から5年間は「潜在能力をひき出せ。」と、「自分は、きっと想像以上だ。」という合言葉のようなコピーでCMを展開しました。10年目の今年も「潜在能力は君の中。」と言い換えるなど若干の変化はありますが、引き続き“潜在能力”というプロミスを大切にしています。
 2020年以降、中高生のポジティブな面だけでなく、「彼らの悩みに触れることも必要か?」と話し合った時期がありました。「渇きを力に変えてゆく。」は、つらいことがあってもそれがバネになるよ、という思いを込めて書いたコピーですが、思いがけずコロナと重なり、リモートで制作した“ポカリNEO合唱”のCMは、コロナ禍に大きな反響をいただきました。池端杏慈さんと椿さんが出演する今年のCMでは、中高生の最大の関心事である友達関係を描くなど、中高生に届く表現を目指しており、春のグラフィックキャンペーンでは若者の間でY2Kカルチャーの文脈で注目されている写真家を起用しています。また最新作では、ゲームの世界観を取り入れました。非常に情報量が多く、一度見ただけではなかなか理解できないタイプのCMだと思います。それは企画した正親篤さん、保持壮太郎さん、そして柳沢翔監督の意向でもありますが、YouTubeやSNSのコンテンツと同様に何度も見ることで発見を楽しんでもらうという、新たなスタイルへのチャレンジでした。ポカリスエットではTikTokが誕生する前から中高生にMixChannelでダンス動画の投稿を募ったりCMのメイキングムービーをウェブで公開したりとデジタルを活用した施策を多数展開してきました。これからも時代に合ったCMの伝え方、楽しみ方を提案できればと考えています。
大塚製薬/ポカリスエット
「潜在能力は君の中。」篇/2024年7月12日オンエア開始
池端杏慈と椿がバスに乗り遅れ、ゲームのキャラクターやアイテムなどが浮遊する路地裏の坂道を駆け上がる様子をARシステムを用いてワンカット風に表現。「潜在能力は君の中。」をコピーに展開した。
— キリンビール『一番搾り』のCM制作について
 キリンビールさんから『一番搾り』はビールのど真ん中のコミュニケーションを展開したいという強い思いを聞きしていたので、ビールの細かい説明をするのではなく「やっぱりビールはおいしい、うれしい。」というビールそのものの魅力を訴えるコピーを書きました。大それたことは言っていないのですが「やっぱり」と入れることでお客さまの気持ちが商品に向けばと考えたものです。またビールの楽しみ方は人それぞれですので、CMではメインキャストの4人が思い思いにビールを味わう様子を描いています。
 今年2月からは中村倫也さんが登場するCMも展開しました。“一番搾り”は一番搾り麦汁だけを使うという製法名で、発売当時は斬新な商品名でしたが今ではすっかり定着し“普通”になっている。そこで「普通のビールじゃん」と思っている中村さんに奥田瑛二さん、戸田恵子さん、勝地涼さんが一番搾りの魅力を教えるというCMを放送し、「せっかく飲むなら、ちょっといいビール。」のコピーとともに商品の価値をあらためてお伝えしています。一番搾りのリニューアルを伝える8月下旬開始のCMは堤真一さんら6人のキャストがご自身の言葉でビールへの思いを語るもので、ビールが多くの人々に愛されることで業界全体を活性化していきたいというキリンビールさんの思いを出発点に制作しました。
キリンビール/一番搾り
「みんなからのお願い」篇/2024年8月26日オンエア開始
堤真一、満島ひかり、鈴木亮平、福原遥、飯豊まりえ、賀来賢人がそれぞれ「ど真ん中のビール、お願いします」などと“一番新しいビール”への期待を語る内容で、一番搾りのリニューアルを印象づけた。
— 『一番搾り 糖質0』のCMも好評です
 糖質0や糖質オフの商品は「糖質0なのにおいしい」と強調するCMが多いですが、おいしいと言い張るよりももう少し丁寧にお伝えしたいというキリンさんの思いから、「いまや糖質とおいしさは無関係なんです」というコピーでCMを制作しました。娘役の中条あやみさんの言葉は手厳しいですが、親子の設定のためどこかほほ笑ましく、父親役の豊川悦司さんが圧倒的に格好いいので決してみじめにならないんです。一連のCMで獲得したかったのは“今っぽい”感覚です。糖質がゼロか否かを論点にせず、いい意味で話を大きくして、今の時代に合っているかどうかを描く方が商品を手に取りやすいと考えました。この夏に出演いただいた母親役の常盤貴子さんの「いい時代」というセリフにはそんな思いを込めています。
キリンビール/一番搾り 糖質0
「いい時代」篇/2024年7月1日オンエア開始
バーベキューで用意されたビールが糖質0だったことに不満げな表情を見せる父親役の豊川悦司に、母親役の常盤貴子と娘役の中条あやみが「まだ糖質あり飲んでるの?」などと皮肉を言うストーリー。
— 『本麒麟』のCMの制作意図をお教えください
 『本麒麟』はいわゆる第3のビールで、税制が変わり現在は価格差が縮まりましたが、2018年の発売時はビールに比べてかなり安価でした。当時の第3のビールは手頃な価格を印象づけるカジュアルなCMが目立ったのですが、消費者は商品の親しみやすさより質の良さを求めているとキリンさんは考えていました。そのため本麒麟のCMでは価格に言及せず、おいしさや品質の良さを徹底的に伝えようと決めました。どんなカテゴリーのビールであろうと飲む人自身がうまいと思えばそれが一番です。そこで「あなたの一番うまい!になる。」といったコピーを書き、ひとりでも多くの方に本麒麟を味わっていただけるよう、江口洋介さんやタモリさんをはじめ幅広いジャンルで活躍する方々が登場するCMを展開してきました。

企業の“らしさ”や第一印象をコピーで表現

— コピーを軸とした広告作りについて
 映像とは異なり、コピーは紙に書けばそれが即座に最終形として完成する大変便利なツールです。ですので広告を作る際はクライアントさんにまずコピーをお見せして「ここを目指していきましょう」と達成すべきゴールを共有するよう心掛けています。特に目に見えるプロダクトがない企業広告ではメッセージの核となる言葉を設定し、方向性を確認し合うことが重要だと思います。
 コピーを書くときにはその企業の第一印象を大事にしています。例えば九州新幹線の「祝!九州」は、最初の打ち合わせでお聞きした「九州はラテン」というお話から生まれたコピーです。JR九州にはエモーショナルな名作CMがいくつかありますが「九州はあんなに暗くない」と(笑)。大陸が近いこともあって九州の人はたくましくて明るい。そのエネルギーをお祭りの形でアウトプットしました。旭化成の「昨日まで世界になかったものを。」は工場見学した際の印象を表現したコピーです。素材メーカーの製品は糸や繊維といった一見地味で用途を理解しづらいものが多いですよね。こうした分かりにくさをベースに、今まで世の中に存在しなかった価値を生み出すってこういうことなんだという実感を言葉にしました。ヘーベルハウスのコピー「考えよう。答はある。」も同様で、実験と検証を繰り返す耐震実験を見学したときの思いを元に書いたものです。スピード感のある実行力が重視される近年の風潮とは対照的に、ずっと考え続けることって素敵だなという率直な印象を表現しました。
— これからのテレビCMの在り方とは
 昨今はウェブで繰り返し視聴されることを狙ってCMを話題化することが、CMの新しい在り方のひとつになっている気がします。社会学者のマーシャル・マクルーハンが「メディアは積み重なる」と論じたように、新たなメディアが生まれても既存メディアが消えることはありません。現にテレビの誕生後も新聞やラジオは存在していますよね。なのでウェブと既存のメディアは必ず共存します。各特性をどう掛け合わせるか、だと思います。テレビの特徴は時系列に並ぶ番組の合間にCMが流れるという「編成」です。今後はタイムラインの中で「出会う」というCMの特性を伸ばすと同時に、ウェブを活用しながら何度も見たくなるようなコンテンツとしての価値を高めていくことが求められると思います。
 またCMにはオンエア時の反響や売り上げだけでなく、人の記憶に残り続ける価値もあるはずです。例えば10年後に豊川さんと中条さんがドラマで共演したら、今流れている『一番搾り 糖質0』のCMのことを誰かが思い出すかもしれない。こうした価値は数値化できませんが、長いスパンで積み重なる広告の影響力、幅広い人の記憶に残り続ける広告の底力も、頭の片隅に置いておきたいと考えています。
その月のCM業界の動きをデータとともに紹介する専門誌です。