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Creator Interview 高崎卓馬氏(dentsu Japan/電通コーポレートワン)


クリエイティブの力で誰かを幸せに

広告の領域を超え、映画という形でクリエイティブの力を世界に示したことが評価され、2023年のクリエイター・オブ・ザ・イヤーに輝いた高崎卓馬氏。共同脚本・プロデュースを手掛けた映画『PERFECT DAYS』をはじめ、P&G『ボールド』、サントリー『オールフリー』などのヒットCMの企画意図、および広告作りに対する考え方についてうかがった。
(取材:2024年6月13日 写真:長谷川大)
【 CM INDEX 2024年7月号に掲載された記事をご紹介します。】

dentsu Japan/電通コーポレートワン
グロースオフィサー/エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター
高崎卓馬氏

1969年福岡生まれ。2010、2013、2023年クリエイター・オブ・ザ・イヤーなど国内外の受賞多数。著書に『表現の技術』(朝日新聞出版)、小説『オートリバース』(中央公論新社)、絵本『まっくろ』(講談社)、『地球からの挑戦状 ビイの大冒険』(マガジンハウス)など。JーWAVE『BITS&BOBS TOKYO』でMCを担当。映画『PERFECT DAYS』の共同脚本・プロデュースを手掛ける。
専門誌『CM INDEX』にて過去の名CMを振り返る『高崎卓馬のCM温故知新』を連載中。
— 3度目のクリエイター・オブ・ザ・イヤーとなりました
 インターネットの登場で広告の意味が根幹から変わり、考えなくてはいけないことが30年前の2、3倍に増えました。広告の存在意義や背景を伝えないと機能しないことも増え、広告の企画だけでなく広告がどう見えるかという仕掛けを含め2回企画する必要がある、総合格闘技のような戦い方になっています。でも振り返ってみると、ずっとそういう考え方でやってきた気がします。商品も広告もいいものを作るだけではなく、感動的に相手に届くためにどうするか、この仕事で何をミッションとしてどんな答えを目指せばいいか。今は広告の作り手も肩書きに限らずひとりの人間として、商品の在り方からあらゆることを考えなくてはいけない時代で、それが楽しいですね。
 自分なりに課題に対して常にベストを尽くしているつもりですが、自分より面白いCMを作れる人が絶対にどこかにいるという感覚がずっとあるので、その人を差し置いて任せてもらうからにはひとつでも多くの角度で貢献したいと思っています。

アートの力で広告の限界を超える

— 共同脚本・プロデュースを手掛けられた映画『PERFECT DAYS』が国内外で評価されました
 著名な建築家やクリエイターが渋谷区の公共トイレを手掛けた『THE TOKYO TOILET』は柳井康治さん(ファーストリテイリング 取締役)の個人のプロジェクトで、デザインの力で社会課題に対するソリューションを提供するという素晴らしい取り組みでした。ですが、どんなに素敵なトイレでも段々汚れてしまうという悩みをあるとき柳井さんからうかがったんです。そのとき、広告的な手法では解決できない種類のものだと感じました。広告はどうしても限界がある。それを展開しているときは効果があるかもしれないけれど、出稿が終わるとまるで何もなかったように元に戻ったりする。この業界はよく「世界を変える、動かす」と言いますが、それは一時的なものじゃないだろうか、とその頃よく考えていて。そこで今回は広告的な手法から決別して何かをやってみようと思ったんです。
 そしてたどり着いたのが「アートの力」でした。問いかけることの重要性です。いろんなアイデアを柳井さんとふたりで話しました。とても濃密でとても建設的で、とても刺激的な時間でした。そのなかでふたりともヴィム・ヴェンダースが好きだということが分かって、それからトントンと映画の話になっていきました。話すと終わらないくらい紆余曲折はあるのですが、振り返ると最短距離で来ていました。
 最初に役所広司さんに出演の依頼に行きました。脚本もできていなかったので、お会いする前に朝5時半から夕方まで実際にトイレ掃除をやってみることにしました。僕のトイレ清掃の師匠はほとんど話さず、ものすごい手際で作業をするのですが、誰も見ていないのに絶対にさぼらない。その背中にとても感動してしまって。そんなことを役所さんにお話しながら出演をお願いしたところ、「トイレ清掃の映画なんて普通は成立しない。それをヴェンダースに頼もうなんてあり得ない。だから面白い」と賛同してくださったんです。その後、監督に手紙を書き、映画製作が現実として動き出しました。
PERFECT DAYS 
配給:ビターズ・エンド/劇場公開日:2023年12月22日
ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースが役所広司を主演に迎え、東京・渋谷を舞台にトイレ清掃員・平山の淡々とした日々を繊細に描いた映画。第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で役所が最優秀男優賞を受賞
— ご自身の原点ともいえるヴィム・ヴェンダース監督との映画制作を通して感じたこととは
 僕は20代後半、広告の仕事に居場所が見つからなくて自分にはこの仕事は向いていないと絶望していた時期があったんです。世の中の感覚と自分がズレているというか、なにが面白いものなのか分からないまま言われたことだけをやる日々で、自分がどうしたいかも分からなくなっていました。そんなときに海外のCMに出会って、心から面白いと思えた。海外CMを研究しながら映像表現の種類を20から30ほどに分けて自分なりの文法を開発し、すべてのパターンに当てはめて考えることを繰り返すうちに手応えを感じられるようになりました。ヴェンダースとの会話の中で、その頃必死に考えたことが通じたんです。脚本作りでも編集作業中でも、広告で培ってきた引き出しからなんらかの解決策を話せば「いいアイデアだ」と喜んでもらえる。そのたびに心の中で「通じたよー!」と一緒に仕事をしてきた仲間たちの顔を思い出しました。
 この映画は始まりも製作過程も普通の映画とはまったく違います。日本の映画や広告は作り方がある程度決まっていて、それは健全に仕事をしていくための大切な約束事でもあるのですが、無自覚にやっていると失うものもある。一つひとつの行程で「なぜやるのか」を考えていくと、知らないうちに新しいものができるというか、オリジナリティーのあるものを作ろうとするのではなく、オリジナリティーのある作り方にする。課題に対して最適な作り方を発明すれば勝手に新しくなるので、それが大事だとあらためて学びました。
— 広告のお仕事では菊池風磨さんが“洗濯大名”を演じるP&G『ボールド』のCMが好調です
 P&Gさんはストラテジーのツールとしてクリエイティブを活用されている印象があります。また「What to Say」の開発が巧みなので、このキャンペーンの表現で重要なのは枠の発明でした。『ボールド』のCMは作るたびに言うべきこと、訴求ポイントが変わっていく。だからこそ「What to Say」に左右されない強いフレームが必要だと考えました。
 参考にしたのは『スチュワーデス刑事』という昔のドラマです。インパクトがあって、“出オチ感”のあるタイトルが中身を観た気にさせてくれます。つまり分かった気になりやすい。またボールドのユーザーは日々を忙しく過ごす人が多いので、洗濯という苦痛からどう解放するか。それは商品だけでなくCMも背負うべき使命のようなものだと考えています。
 我ながら自分の引き出しにこういう種類のものがあるとは思っていませんでした。P&Gのみなさんとロジカルに作り上げていった結果です。クリエイティブとマーケティングのサイエンスの部分だけでやっています。そうは見えないかもしれませんが、かなり緻密に考えていて、その密度を高めていく作業はほかのクライアントの仕事ではなかなか経験できないもので、みんなに意外に思われるんですがとても楽しくやっています。学ぶことが多いからだと思います。
P&G/ボールド
「洗濯大名 イイトコ鳥」篇/2024年2月1日オンエア開始
「いいとこ鳥」をコピーに “洗濯大名”役の菊池風磨と家臣(木場勝己)がピンク色の鳥のかぶり物を着けて登場するCMなどが好評で、2024年3月度のCM好感度では同商品初のトップ3入りを果たした
— 深津絵里さん、津田篤宏さんが夫婦を演じるサントリー『オールフリー』のCMもヒットしました
 広告作りではメディア環境や世の中の感覚に合わせることを意識することが多かったのですが、今回の『オールフリー』はいったんそのへんのややこしいことを考えるのをやめて、フルスイングしてみようと思いました。それはパッケージの劇的な原点回帰がきっかけです。オリエンでリニューアル後のパッケージを見たとき背筋が伸びました。「いろいろ考えすぎて小さくなってないか?さあ、こっちはここまで尖って勝負するぞ。やれるならやってみろ」。そんなふうに新しいデザインに言われた気がしました。
 それを受けてCMは最強の大人チームで作りました。演出の高田雅博さん、撮影の瀧本幹也さん、美術の桑島十和子さん、スタイリングの白山春久さん、妥協知らずの大人たちに囲まれて、「クリエイティブ」しました。オンエア後の評価 (2024年5月度・CM好感度総合5位)を聞いて、自分が本当に好きなものが世の中にもちゃんと通じるんだとほっとしました。
サントリー/オールフリー
「料理日和」篇/2024年4月9日オンエア開始
ブロッコリーを丸ごと使う平野レミの料理番組を見たダイアンの津田篤宏が「こんなん誰が作んねん」と笑うも、妻役の深津絵里が同じ料理を食卓に並べるストーリー。「今日は、これで、幸せ。」をコピーに展開した

歩いた足跡が文化になる

— 今後の展望についてお聞かせください
 基本的にはこのまま流されていきます。人生って縁と運でできていると思うので。このタイミングでこの商品の相談が来るとか、この時期に誰と会うかには大きな意味があって、それに対して自分がどう応えるか。それを積み重ねることで思ってもみなかった場所に行けることがあります。
 「文化をつくろう」とよくいわれますが、文化はつくろうとしてできるものではなく、歩いた足跡を後から誰かが文化と呼べばいい。だから僕は目の前にある一つひとつの課題に真剣に向き合い、その都度出した答えになんらかの意味があったと思えたらいいなと。誰かを幸せにすることが自分の仕事なので、これからも僕に相談して良かったと思っていただけるようなもの作りができればと考えています。
その月のCM業界の動きをデータとともに紹介する専門誌です。