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データベンダーが紐解くマーケティングの潮流:CMデータから見える 企業の価値と経営方針(後編)


インテージ、エム・データ、エスピーアイ、CM総合研究所が現在のマーケティングにおけるトピックやトレンドにフォーカスする本シリーズ。第6弾となる今回は、エム・データが開発を進める金融機関向けサービス『TV Rank FINTECH』から見えるCMデータの新しい活用方法にフォーカスする。企業からのメッセージであるCMを露出量やブランド別、表現など多角的に分析することで、業績予測や企業価値が見えてくるという。同社の梅田仁氏にレポートいただいた。
【 CM INDEX 2024年3月号に掲載された記事を2回に分けてご紹介します。(第2回/全2回)】

梅田仁氏
株式会社エム・データ
ライフログ総合研究所 所長

元アップル シニアマーケティングプロデューサー。元日本アイ・ビー・エム パーソナルシステム事業部宣伝部長。IBM時代にCM総合研究所のデータをいちはやく社内導入

各ブランドのCM露出量から企業の経営方針が見える

 それでは、このTVトレンドの上昇期に何があったのだろう。図表3は23年1月23日週からのトレンド上昇期前後のアサヒグループHDのブランド別のTV-CMトレンドだ。『スーパードライ』が毎週継続してTV-CM露出をしており、アサヒの看板ブランドが健在であることを示している。同様に毎週露出をしているのが『アサヒ生ビール』で、週によってはスーパードライ以上のシェアを与えられていることが分かる。この2大ブランドによって日本のビールカテゴリーを抑えるのだというアサヒの意志を感じさせる配分だ。そう、TV-CMの露出配分は、そのままその企業の経営方針を表していることが多い。
 3月から5月に続くTV-CM露出の拡大はこのベースラインのビールに加えて、『ミンティア』『十六茶』『カルピス』『ウィルキンソン』といった季節ブランドが随時投入された結果であることも分かる。
 だが単なる季節ブランドの投入であればそれは例年通りのことであり、株価がここまで敏感に反応する根拠としては弱いのだが、それは次の図を見ていただくことでご理解いただけるかもしれない。
図表3:TV Rank FINTECH/アサヒグループホールディングス TV-CMトレンド(秒数)

CM露出量を過去と比較し
業績拡大が見込める銘柄を明らかに

 次頁の図表4はアサヒのトレンド上昇期の真っただ中、2023年4月の東証全銘柄のTV-CM前年比、同じく前月比を表したグラフだ。円の大きさはTV-CMの露出量を示し、縦軸は前年比、横軸は前月比だ。その銘柄のTV-CM露出が前月に対して増えていれば右横へ位置する。例えばシーズナリティーによる増加であればその銘柄はグラフの右に位置することになる。これに前年に対する増減を加味すると、昨年同月に対して増加した銘柄はグラフの上に位置していく。つまりこのグラフの右上象限にいる銘柄は、前月に対しても前年に対してもプラス、つまりシーズナリティーだけではなく年度においてもマーケティング、営業、製品投入などに関して昨対で拡大をしている銘柄、強気な判断をしている銘柄、結果として短期的に業績の拡大が見込める銘柄である、といえるのではないだろうか。
 反対にグラフの左下にいる銘柄は、弱気の投資判断か、この景気拡大期にコスト削減に注力しているのか、いずれにせよ短期的には効率改善は見込めても規模の面ではあまり期待のできない銘柄といえるかもしれない。
 特にデフレから脱却し拡大路線に乗ろうとする現在の経済環境にあって歓迎されるのは右上の銘柄であろう。証券コード2502のアサヒグループHDが一際大きな円を伴って右上象限に位置しているのにお気付きいただけただろうか。
図表4:TV Rank FINTECH/TV-CM上昇銘柄・下降銘柄ポジショニング

CMの表現戦略がブランド価値を高め
株価の押し上げに結びつく

 次はCM表現について見てみよう。図表5は、アサヒのトレンド拡大期の前半、23年の1月後半から4月前半にかけての主要TV-CMのタレント別、商品別データだ。TV Rankではこれ以外にTV-CMのスーパーの文字情報やナレーションの音声情報、BGMの楽曲情報、クリエイティブ内容も網羅的に記録されており、その時期にどのようなTV-CMが放映されたかという深掘りも可能となっている。番組露出データも同様だ。
 ここで目立つのは主要ブランドでのタレントの変更だろう。拡大期にフレッシュなタレントによる新クリエイティブの投入で新規刺激を図っている。だがブランドの軸はぶらさない。アサヒが面白いのは、同じタレントを複数のブランドで使うところだ。例えば新垣結衣は『アサヒ生ビール』と『十六茶』、長澤まさみは『アサヒ・ザ・リッチ』と『カルピス』、『届く強さの乳酸菌』、菅田将暉は『ドライゼロ』と『ウィルキンソン』といったように同じタレントをカテゴリー違いの別ブランドで使っている。これはあくまでタレントがブランドとイコールなのではなく、ブランドにはぶれない軸があるという意志なのだろう。
 その一例がアサヒ生ビールだ。ここでは名コピー「おつかれ生です。」、これを松下洸平、芳根京子の新クリエイティブでも踏襲している。ちなみに「日本のみなさん、おつかれ生です。」は、私も宣伝部出身であるが、すごいコピーだと思う。新垣結衣がまるで全国民に語りかけているかのようなこのTV-CM、それは時代を超えた普遍的な生活シーンへの共感を誘うものだ。1日の終わりに自分へのご褒美としてビールをいただく、ただ共感をあおり情緒だけに訴えようとする広告表現である。商品説明も何もない、理屈抜きのクリエイティブの力を信じているからこその広告表現だ。「うまい」「のどごし」「キレ」といった製品の特徴と製品名を前面に押し出す従来のプロダクトアウトなTV-CMから、生活者の側に立った共感できるシーンに賭けたTV-CMである。
 それは他のTV-CMでも生かされていて、例えばスーパードライの生ジョッキ缶ならコンセプトでもある「まるでお店の一杯目!」の泡立ちと爽快さが凝縮されたジョッキのひと口目に焦点を当てた感動、つまり誰にでも訪れる生活シーンの中のセンス・オブ・マジック・モーメントに徹底的にフォーカスしたクリエイティブや、お店で親しい仲間と会ったときの喜びなど、情緒的な深い共感の共有を製品メッセージやタレントよりも優先させているのだ。
 この表現戦略をアサヒのTV-CMの共通項として複数のブランドで横展開していく。それによって複数のブランドの裾野が拡大し、深い情緒的共感によって強く結ばれ、マーケティングによって築かれたブランド価値が利益をもたらし、株価をも押し上げていく。
 安さや差別化の訴求ではなく、生活者にとってのリアルな価値を上げて消費者の満足を得、稼げるブランド作りが株式市場からも歓迎される。これが大げさにいえばデフレを脱却し、日々努力を続ける現場の従業員や取引先の待遇をも改善し、結果としてその銘柄に関わる人々の生活の質を向上させて社会全体までをも豊かにする。
 素晴らしいじゃないか、TV-CMはここまでできるのである。なんだかいい気分になってきた、さて、今夜は生ビールでも飲もうかな(笑)。
図表5:TV Rank FINTECH/アサヒグループホールディングス TV-CMトレンド(秒数) — ブランド・タレント・商品別

その月のCM業界の動きをデータとともに紹介する専門誌です。