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電通CMクリエイター 見市沖のこれからのCMの話をしよう【東畑幸多氏・後編】第1回/全2回


“個”の持つ「好き」の感覚を大切に

電通のCMクリエイター・見市沖氏がCM制作の最前線で活躍するクリエイターと、これからのCMのあり方を探る連載企画。第3回の対談相手は、ホンダの企業CM「Go, Vantage Point.」や宇多田ヒカルが出演するサントリー食品インターナショナル『サントリー天然水』などを手掛ける東畑幸多氏。後編ではCMを作る際に大切にしていることや、効率化の進む広告業界に対する考え方についてお話をうかがった。(収録:1月28日)
【 CM INDEX 2021年4月号に掲載された記事を2回に分けてご紹介します。(第1回/全2回)】
 ※第2回は4月27日(火)に公開
— 署名性のある仕事が大切 最後の1%に自分を入れる
見市:広告を企画する上で大切にされていることはありますか。
東畑:仕事と自分を切り離さないことですね。広告は商品とターゲット、世の中の空気という3つの輪が混じり合う部分を探りながら作りますが、そこに“自分”という4つ目の輪を入れることが大事だと思っています。新しい企画をチームで考えるときには「企画じゃなくて、感動の記憶を持ってきて」とお願いするんです。目の前にある課題から少し離れて、自分が人生で感動したものや、最近夢中になっているものを持ち寄ってみる。「頭だけじゃなくてお腹で考える」とか、「課題を忘れる」って言うこともあるかな。明確なロジックのもとに3つの交点を考えるのも大事だけど、仕事を形にしていく上では自分の好きなことが入っているかどうかがパワーになるし、それがないと単なるルーティンワークになってしまう。
 つまり“署名性”のある仕事が大切ということですね。ただ、若い世代の誤解を招かないよう補足すると、広告は自分を基準にして作るものではないというのが大前提。あくまでもあらゆる戦略を積み上げた最後の一粒として自分を入れるのであって、最初から自分の好きなものと広告をつなげようという意味ではないんです。
見市:企画を自分というフィルターに一度通すとしても、作り手個人の欲求を起点にはしないということですね。
東畑:それを踏まえた上で言うと、自分とつながっていない仕事は無責任になるから、自分の作ったものを心のどこかで「いいな」と思っていないとうまくいかない。
見市:最近読んだ原野守弘さん※1の『ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門』にも「好き」という気持ちの大切さについて書かれていました。
東畑:僕もあの本を読んであらためて気付かされた。若い頃、友人の結婚式の寿ビデオをよく作っていたんだよね。最初の頃は参列者のウケを狙っていたけれど、親友に頼まれたとき「このふたりを喜ばせよう」と新郎新婦のために作った映像の方が盛り上がったし、その親友がすごく喜んでくれた。広告も同じで、僕はあるときまで漠然と面白いことを考えるのが広告の仕事だと思っていたから、ターゲットであれ作り手であれ実は“個”が大切だと気付いてからは作るものが変わりましたね。
見市:僕も原野さんの本を読んで考えたのですが、矢印の問題じゃないかって思ったんです。広告を作る際に気持ちがどこを向いているのか。
東畑:広告に作り手のエッセンスをどのくらい入れるかは難しい。『サントリー天然水』もホンダも『チキンラーメン』もそれぞれのブランドにDNAや人格があるから、そこが最優先なのは間違いないんだけど。その上で99%をロジックで作って、残り1%に個を入れていくことがものすごく大切で、それが広告の面白さだと思う。
見市:ちなみに個を入れるなら最後ですかね。
東畑:うーん、最後であり最初みたいな(笑)。
見市:「最近これに感動したんです」みたいなものを持ち寄ったときに、なぜか方向性が決まることもありますよね。ロジカルな思考が煮詰まったら、最近感動したことを思い出してみる。そこでうまくつながらなかったらまた課題について考える。そうやって行ったり来たりする中で最適解が見つかることも多いような気がします。
東畑:自分の中ではその反復運動をものすごく大事にしている。オリエンを聞いてすぐに最短距離が見えたとしても、あえて避けるようにしているし、いったん違うところに目を向けて、チームのメンバーが何かアイデアを出してきたときに「これを分かりやすくするにはどうしたらいいかな」と言って本筋に戻ってみたりとか。反復の振れ幅が大きければ大きいほど、最終的な表現が強くなると思っています。
※1. 株式会社もりの代表を務めるクリエイティブディレクター。NTTドコモ「森の木琴」、OK GoのMV「I Won’t Let You Down」、GODIVA「日本は、義理チョコをやめよう。」などさまざまな話題作を手掛けている。
— 驚きの先にある共感が大切
見市:ヒットするCMってどんなものだと思いますか。
東畑:よく「ロジックをマジックに」と言うんだけど、戦略や論理をマジックに変えることが僕たちの仕事かもしれない。広告に欠かせないロジックと個人的な感動の記憶がくっつくところをいつも探している。クライアントの役に立つCMとして成立した上で、さらに個の「好き」という感情とリンクしていると、なぜか面白いものが生まれる気がする。
見市:個人の「好き」がマスの共感を得られそうなものだったときに、ヒットの確度が高くなるのでしょうか。
東畑:難しい質問だね。自分の中では、良い意味での公私混同だと考えている。『ビーイング』でショッカーをモチーフにしたのも、個人的な思いが元になっていて。仮面ライダーのせいで日本の侵略が進まず本部が怒っているという設定は、サラリーマンみたいだと昔から思っていたんです(笑)。そういう個人のフィルターを通して生まれた気付きは、きっと他の誰かが見たときにも何らかの価値を発揮する。極端にいえば、個を通っていないものは一般論でしかないから、わざわざ耳を傾けなくてもよくなってしまう。
見市:作り手が日常で感じたことが広告に入っていると、どこか手触りや体温のあるアウトプットになりますよね。
東畑:それこそが、それぞれ違う作り手が広告を手掛ける意味でもあるはず。見市くんはヒットをどんなふうに考えている?
見市:見た人が驚くかどうか、そしてその先に「あ、それいいね」といった共感があることが大事だと思います。真面目に考えていけばいくほど、驚かないものになってしまうので気を付けるようにしています。
東畑:面白いね。僕もよくビックリマーク「!」とハートマーク「♥」の話をします。どちらか片方ではなくて、ふたつが同時に起こることが大事。古いけれど田原俊彦の『ハッとして!Good』の「♪ハッとしてグッときて パッと目覚める恋だから」という歌詞がぴったりなんだよね(笑)。
見市:たしかに(笑)。あと最近は自分の願望に近いことも入っていると思います。2019年から担当させてもらった『TimeTree』※2というカレンダーシェアアプリのCMは、企画を考えながら「なんだか最近の世界って寂しいな」と感じていたんですね。FacebookやTwitterというソーシャルの世界はあっても、どこかみんながつながっていないという感覚があって、これから世界はどんどん孤独になっていくのかなと。それと同時に「家族や友人もいるし、半径2メートル以内にはなんでもない幸福があるじゃないか」と気付いたことで、たくさんの実在するカップルたちの日常を描く企画が生まれました。ささやかな幸せを大切にしている方々を見て、自分自身が癒やされたかったのかもしれません。
東畑:人の心を動かすときにはやっぱりパーソナルな思いが欠かせないと思う。大和ハウス※3のCMでは、リリー・フランキーさんが自分と奥さん(深津絵里)との関係性を「俺は家では野党だ。なんだかんだ言っても政権は与党が握ってる」みたいなことを言うんだよね。どの作品を見てもふたりの掛け合いが絶妙で、夫婦って違うから面白いと思わせてくれるセリフが素晴らしい。CMを手掛けた多田琢さんは、きっとご自身と奥さんのことを重ねながら作っているんじゃないかな。それこそが署名性だと思っている。
 TimeTreeのCMも、可能性としてはもっと別の読後感に着地しても良かったはず。結果的に日常を描くCMになったということに、見市くんという人間が関わった意味がある。やっぱりパーソナルな思いがないと、どんな仕事も面白くならないよね。
※2. 「タイムツリー、はじめました。」をコピーに、中尾明慶、仲里依紗夫妻が出演するCMを2019年11月22日(いい夫婦の日)から展開。同日にはさまざまな夫婦やカップルの日常を映す60秒CMを1回限定で放送した。
※3. 「ここで、一緒に。」をコピーに、夫婦を演じるリリー・フランキーと深津絵里の何気ない日常を描くCMシリーズ。2011年のCM開始時から多田琢氏らTUGBOATが制作に携わるほか、瀧本幹也氏が撮影を担当。
東畑幸多氏 株式会社 電通 zero エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター
1999年電通入社。主な仕事に江崎グリコ『OTONA GLICOキャンペーン』、九州新幹線全線開業「祝!九州」、日清食品『カップヌードル』、サントリー食品インターナショナル『サントリー天然水』、ホンダ「Go, Vantage Point.」など。クリエイター・オブ・ザ・イヤー、TCCグランプリ、ACCグランプリ、カンヌライオンズ金賞など、受賞多数。

見市沖氏 株式会社 電通 zero クリエーティブ・ディレクター/コピーライター/CMプランナー
2006年電通入社。近作はタイムツリーはじめました、ポッキー、パズドラなど。TCC新人賞、ACC賞、国際PRゴールデンアワードなど受賞多数。「世界に愛されるブランドをひとつでも多く増やす」がモットー。
その月のCM業界の動きをデータとともに紹介する専門誌です。